忘れられない夜


二日間に渡ってメリルヴィルで行われた、
B.B.キング、ココ・テイラー、ボビー・ブランドのライヴは無事終了した。

BBがステージから姿を消すや否や、私は楽屋付近に飛んで行った。
もうすでに列ができていて、大勢の人が並んでいる。
でもBBに会えるということはわかっていたので、
長時間並ぶことなど苦にならなかった。

しばらくするとファインさんがやってきた。
私達は「また会えてよかった!」と言ってお互いに抱き合う。

0時半頃、菊田さんとマネージャーのグロリアさんが楽屋の中から出てきたので、
私は喜んで挨拶をした。
すると菊田さんが開口一番おっしゃった。
「これ、BBから預かった写真です。
BBはバラの花の事、とても喜んでいたよ!
もっと二人と話をしたいと言っていた。
もし、今晩二人が楽屋に入れなかったら申し訳ないので、
かわりにこれを渡して欲しいと頼まれたんだ。」

菊田さんがくださったBBの写真には、サインまで付いている。
私はBBの優しい心遣いに思わず涙しながら、菊田さんに言った。
「BBが私達にここまで良くしてくれて、本当に嬉しいです。
私・・・シカゴまで来てよかった・・・
ここでBBに会えるまで待ちます。朝になっても構いません。」

それからまもなく女性の係員がみんなに向かって説明した。
「B.B.キングは明日クリーヴランドで仕事があるため、
朝6時にはここを出発しなければなりません。
ですから、今日は限られた人しか楽屋に入ることができないのです。
一般の方は、残念ながらお帰りください。」

それを聞いたファンはガックリ肩を落としている。
菊田さんが、メガネをかけた係員の男性に
私達二人を中に入れてあげて欲しいと頼んでくださった。
男性は「わかりました」と承諾してくれたようだ。
菊田さんに
「本当にありがとうございます。明日のゴスペル楽しみにしています。」
と言ってそこでお別れする。

楽屋の外で待っている人は20人ぐらいになり、
ホールの中で椅子に座って待つよう指示が出された。
そこにはファインさんもいた。
座って15分程経った時、ある女性係員が私に向かって言った。
「あなたは昨晩も来ていたわよね。
だから楽屋に入らなくてもいいでしょ!」
私が返答に困っていると、
横からファインさんがその女性に向かって
毅然とした態度でこう言った。
「あなたはそんなことを言う資格はないわ。
彼女はBBと約束しているのよ!」
女性はビックリして押し黙ってしまった。

私はファインさんに何回もお礼を言った。
彼女は「いいのよ・・・」と微笑む。

それから10分ぐらい経った後、
私はファインさんと一緒に楽屋の中に入ることができた。
奥の椅子にBBが座っている。
顔色を見たら、昨晩よりも疲れている事は一目瞭然だった。
でも、彼は一生懸命気力を振り絞って、
会いに来てくれた人に笑顔で応対している。
BBの頭上には大きなテレビが備え付けてあり、無言でニュースが流れていた。

BBの向かって左側には、
黒のロング・ドレスを着たブロンドの女性が座っていて、
終始落ち着いた雰囲気でBBを見つめている。
「いったい誰かしら?」
彼女はスター・プラザの責任者だということが後でわかる。

向かって右側にいる人達ははどうもBBの関係者らしい。
BBのすぐ近くには彼の孫娘が立っていて、
その横のソファーには中年の女性二人と、
粋なブルーの帽子をかぶった男性が座っていた。

私がちょうどその男性の前に来た時、
彼は私が抱えているBBの自叙伝を指さしながら日本語で言った。
「それ見せて!」
私はビックリして彼に本を見せる。
彼はぺラぺラと本をめくり、私の引いたたくさんの赤線を目にすると、
ニヤッと笑いながら、「君に会えて嬉しいよ」と言って握手を求めてきた。
その男性がBBの長男だと知ったのは、後になってからのことだった。

いよいよファインさんの番になり、
彼女はBBのそばへ行き、同じ目線まで腰を落とした。
そして、BBに向かって何か言おうとしたのだが、
気まずそうな顔をして口ごもり、目を伏せてしまった。
どんなに小さな声で話しても周囲には筒抜けだ。
その時、BBの表情がガラッと変わった事に気が付いたのは、私だけだろうか?
非常に男っぽく、懐の深さを感じさせるような顔つきをしてこう言った。
「どうしたんだ?  何か言いたいことがあるんだろう?
遠慮せず、言っていいんだ・・・」
完全に二人だけの空間が広がっていた。
私は目の前にいるBBとファインさんの様子を見ていて、
ファインさんがどんな人であるかを初めて察することができたのだ。

ファインさんは係員の男性に「預けた袋を持って来て」と頼んでいる。
出てきた大きな紙袋の中には
お手製のケーキなどがたくさん入っているのがチラッと見え、
ファインさんがBBにそれを渡すと、BBは孫娘を呼んで袋を渡した。
ファインさんはBBと別れるのが辛そうだった。
二人の時間はほんのわずかで、私にはファインさんの心の内が痛い程よくわかった。

私は今までBBのあらゆる表情を写真や映像を通して見てきたが、
こんなにプライヴェートな彼の表情を見たのは初めてだった。
そこにはたくさんの女性を魅了してきたキングとしての「貫禄」が漂っていたのだ。

BBは私の顔を見た瞬間、いつもの顔に戻ってにこやかに言った。
「こんにちは!今日のステージはどうだった?」
私は「とっても素晴らしかったです。
先ほど菊田さんから写真をいただきました。ありがとうございます!」
と言いながら彼の足元にひざを付く。

BBが私の持っている本に気が付いたので、すぐサインをお願いした。
BBは興味深そうに日本語で書かれた本のページをめくり、
サインをする場所を探す。
ルシールの写真が出てきた時、BBはとても喜び、
「『BEST WISHES』は日本語で何と言うの?」と言いながら
ペンを走らせた。

私はその後続けて、
「これは私があなたについて書いた文章です。
どうかお暇な時にお読みください」
と言って2枚の紙を渡した。

BBは文面を見ながら「これは日本語で書いてあるの?」と聞いたので、
私はハッとして答えた。「英語です。」
BBのために、もっとわかりやすい大きな字で印刷してくればよかったと後悔する。
BBは「君が書いた文章なの? ありがとう!
君の連絡先はどこに書いてあるの?」と尋ねてきたので、
「ここに私のメール・アドレスが書いてあります。」と答えると、
「私はメール・アドレスを持っていないので住所を教えて!」
と言ってペンを差し出してくれた。
私はその場で紙に住所と名前を書き加え、BBに手渡す。
するとBBは
「ラスヴェガスに来たことはある?」と質問するので
「いいえ、ありません」と答えると
「いいところだから是非来てください。」という言葉を添えてくれた。

私はBBに「あなたの連絡先はどちらですか?」と尋ねると、
彼は写真の下の方に印刷してあるニューヨークの住所に
「B.B.King」と書きながらオフィスに関する説明をしてくれた。
BBは孫娘に向かって「彼らにヴェガスの連絡先を教えてあげて」
という指示を出す。

そしてBBはみんなに向かって昨夜と同じように演説を始めた。
私達のことや日本について話してくれているようだった。
BBは数時間後にはここを離れ、バスで次のステージが行われる
オハイオ州のクリーヴランドに行かなくてはならないのに・・・
BBの私達への心遣いが、身にしみて嬉しかった。

最後に私達はBBと写真を撮った。
BBが「一緒に腕を組みながら撮ろう!」と言って
自分の両腕をグィっと持ち上げる。

撮り終わると、
BBは私の目を見ながら、「ここに!」というジェスチャーをした。

・・・別れる時、私はBBに「Good bye」とは言えず
「どうかお身体を大切にしてください。
そしてまた日本に来てください。
あなたに神のご加護を。・・・おやすみなさい。」と言った。
BBはウンウンとうなづきながら同じような言葉を私に返してくれる。

BBは私にとって「キング」であり、雲の上の人だと思っていたけど、
この日を境にとてもパーソナルな存在となっていった。
BBの温かいハートは、人種や言葉の壁を越え、あらゆる人の心に届いていく。
言葉はあくまでも一つの「手段」にすぎない。
人間にとって一番大切なものは、「共感できる心」なんだと実感した。

<04・6・5>
with B.B. King